天色の好きなこと

好きなこと、好きなものなど、興味のあることを書こうかなぁ...と。

笑顔でいること

先日、ある若いカップルの方がお店に来店されました。

男性の方はとても爽やかな感じでニコニコとされていたのですが、なぜだか、お連れの女性の方には全く笑顔がありません。

何かに怒っているのか、機嫌が悪いのか、両腕を胸の前でしっかりと組み、口はへの字になっています。

うちのスタッフが接客していたのですが、何を問いかけても、全く笑顔もなく、ブスッと怒っているようです。

たとえ何かに対して不機嫌だったとしても、関係のない人たちにもそういう態度を出すのはあまりいいものではありません。

なにより、お連れ様の顔も潰してしまいます。

 

第一印象はとても大切です。

人の第一印象は見た目(表情)と話し方でほぼ決まってしまいます。

たまたまその日、機嫌が悪かったとしてもそんな印象を持たれてしまうことは、とてももったいないことです。

それにせっかくの可愛い顔も台無しです。

 

私が病院で働いていた頃、入院患者さんに言われたことがあります。

「〇〇さん(私)はいつでも笑顔やね。あなたのその笑顔がどんな薬よりもよく効く薬になっとるよ。いつもありがとうね」と。

その当時、役職についていたこともあり、プレッシャーからくるストレスで辛くて心が折れそうな時もたくさんありました。

でもそんなことは患者さん達には全く関係のないことなので、辛い時でも努めていつも明るく笑顔だけは欠かさないようにと、毎日心がけて働いていました。

なので患者さんからその言葉をいただいたときは本当に嬉しかったです。

頑張ってきてよかったなぁ…と、とても有り難かったです。

 

笑顔で接していると、はじめは笑っていなかった相手の方も自然と笑顔になってきます。

笑顔は伝染します。

女性は特に笑顔は大切です。

笑顔の素敵な女性はそれだけでとても魅力的です。

いつでもどこでも「笑顔」心がけたいですね(^ ^)

 

 

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人の温かさ

今日はお店のお客様から、家庭菜園で収穫した野菜をいただきました。

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ズッキーニと玉ねぎとトマトです(^ ^)

少し前には茄子もいただきました。

昨年も同じ方からズッキーニをいただいたのですが、炒め物に使うととても美味しくて♬

それを話していたからでしょうか…また今年も頂いちゃいましたッ♬

 

地元を離れて今の場所で暮らしはじめてから、もう10年が過ぎました。

はじめは友達や知り合いもいないし、方言もよくわからないし…寂しくて地元に早く帰りたいと何度も思っていました。

住んでる家も周りは知らない人ばかりだし、不安で寂しいなぁ…と感じていたそんなある日。

いつものようにキッチン側の窓から外を眺めていると、窓の外からおばあちゃんが手招きしています。

ん⁇ 私⁇…と聞くと、「ちょっと裏にまわってここまでおいで」と。

それは私の家のすぐ裏に住んでいるおばあちゃんでした。

それまで全く話したことがなかったので、どうして声をかけてくれたのか不思議でした。

なんだかとても嬉しくなって、すぐにおばあちゃんの元へ。

「こんにちは」と私からあいさつをすると…

「お姉ちゃん、最近引っ越してきたばかりやろ。寂しいときはいつでも遊びにおいで。」

「うちで穫れた野菜を持って行きなさい」とたくさんの野菜をくれました。

心配してくれていたのでしょうか…。

温かい想いが嬉しかったですね〜。

本当に嬉しかったです。

今でもそのおばあちゃんはいつも私のことを気にかけてくださっています(^ ^)

 

この土地で働きはじめたばかりの頃は、お店で接客をしていても「あなたここの人じゃないね〜」と冷たく言われるし、県民性の違いからか、なかなか接客のタイミングやコツが掴めなくてとても苦労しました。

それが今では「店長に会いたいからちょっと寄ってみた」とか「顔を見にきたよ〜」とか、さらには遠くまで車を走らせ、美味しいスイーツをわざわざ買ってきてくれたり。

料理上手な男の子は「店長に唐揚げを食べさせたい」と言って、まだ温かいうちに自分で作った唐揚げをお店まで持って来てくれたり。

本当にとてもありがたいです。

みなさんにはいつも甘やかされています(笑)

 

はじめは知らない土地で寂しいばかりでしたが…今ではこの場所は私にとって地元と同じように大好きな場所になりました(^ ^)

10年以上たった今でも、わからない方言はたくさんあるんですけどね(笑)

それもまた楽しいです♬

 

どの県でもどの場所でも関係なく、人との繋がりはやっぱり温かくて素敵なものですね(^ ^)

 

図書館

今日は図書館に行ってきました。

よく利用させていただいている施設です。

図書館と同じ施設内に多目的スペースもあり、私は仕事終わりの時間によく学生さん達に混じって勉強させてもらっています。

今日は図書館を利用させていただきました。

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これだけたくさん本が並んでいると、なんだかワクワクしてしまいます♬

今日は私の好きな浮世絵の本を何冊か読んでみました。

葛飾北斎歌川国芳など有名な絵師の作品はやっぱり何度見ても感動します。

 

でも、今回は本を読んでいて、新たに2人の絵師が気になりました。

ひとりは東洲斎写楽(とうしゅうさい しゃらく)

江戸時代中期の浮世絵師で歌舞伎役者の大首絵28図を発表させた人物。

突如作品を出したかと思えば、約10ヶ月という短い間で忽然と浮世絵界から姿を消した謎多き絵師。

 

そして、もうひとりは葛飾応為(かつしか おうい)

葛飾北斎の娘で、北斎の手伝いをしながら自分でも絵を描いていたそうです。

そしてその中でも美人画の腕前は北斎も高く評価するほどだったそう。

ただ、残念ながら現存する作品はごくわずかのようで、画業の全貌はあきらかになっていないそうです。

 

「謎多きこと」にとてもロマンを感じてしまう私にとっては、この2人の絵師はとても興味深いものでした(^ ^)

 

浮世絵版画は絵師と、絵師の描いた絵を板に彫る彫師、その板で紙に絵を摺る摺師の3種の職人の手によって一枚の浮世絵が完成します。

とても大変な作業ですよね。

版画をここまで細かく繊細に、そして色鮮やかに作る技術は世界でも類をみないものなのだそうです。

日本人ならではのきめ細やかな職人技ですね。

 

私が浮世絵を好きな理由は、浮世絵には私が見て知ることのできない江戸時代の人々の生活を見ることができるからです。

この頃には人々はいったい何に関心があったのだろう…とか。

当時の建物や暮らし、身なりにはとても興味が湧きます。

描かれる動物も可愛いし、おばけもなんだか愉快に思えるし(笑)

そんな浮世絵には絵師の粋な遊び心がたくさんあって、私にとってはそこも大きな魅力になっています。

益々、もっとたくさんの作品を知りたくなりました。

今日は図書館に来たことで、浮世絵をまた少し知ることができました。

有意義な時間でした。

 

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帰る頃、夕方の空は少し金色に光っていました(^ ^)

  

孤独

人は生まれる時も死ぬ時もひとりです。

人は誰でもみんな孤独です。

 

どんなに周りにたくさんの人がいたとしても孤独であることには変わりません。

だからこそ、共に生きていくパートナーや家族、友人をつくるのかもしれません。

  

たとえ、どんな困難なことに直面したとしても考え方ひとつで前向きに頑張れると思うのですが、誰からも必要とされていない、愛されていないと感じたとき、本当の孤独を感じ、生きていくことが困難になっていくのだと思います。

でも、だからと言って決して命を粗末にしてはいけません。

 

人の寿命は誰にも決めることができないからです。

 

たとえ、それがお医者さんであっても同じです。

病気を見つけることはできたとしても人の寿命を決めることは決してできません。

私はそう思っています。

 

ひとりひとりの命はとても神聖なものです。

 

自分の役割りや人生に価値を見出すことはとても大切です。

命と真剣に向き合うためにも。
そのためには、時としてあえて自ら孤独な環境に身を置くことも必要なのかもしれません。
自分の内なる声に耳を傾けることで、そこから自分の役割りが見えてくるのではないでしょうか…。
役割りと言ったら少し大きなことのように感じますが、実際はどんな些細なことでもいいのです。
日常の中で「自分のできること」「これは私の役割りなんだ」と思えることを見つけることが大切なのだと思います。
仕事であったり、家族を支えることであったり、お花を育てることだったり。

そして自分の役割りを見つけることができたなら、孤独であることは寂しいことではなくなります。

 

人はみんな孤独です。

 

でも「役割り」という希望を持つことで幸せは大きく広がります。 

 

 

最後に…

悩みを持ったお客様達がよく死にたいと口にされます。

人生は辛いことも多いです。そんな気持ちになることもあると思います。

そんな時はたくさん会話をしてください。

そして、どうか希望を持って欲しいのです。

気持ちの持ち方次第では人生はどのようにでもできるからです。

  

着物

 

私は若い頃から、着物がとても好きです。

日本人として生まれてきて良かったとつくづく思います。

 

22歳ぐらいの時に、頑張って働いたお金で初めての着物を購入しました。

すごく嬉しくて、その着物を何度も何度も眺めたのを覚えています。

 

 

昔の時代では日常的に着物を着ていたのに…今ではなかなか着る機会がありません。

日本にはせっかく伝統的な着物文化があるのに着物離れが進んでいるのは本当に残念です。

やっぱり、作法や着付けの難しさもあるのでハードルが高いですよね。

 

それでもやっぱり、私は着物が好きです。

 

着物を着ると背筋が伸びて、気持ちまで引き締まります。

立ち振る舞いもなんだか違ってきます。

と言いつつ、自分では着付けが出来ないんですけどね…(汗)

いつも着付けのプロの方にお願いしています(^ ^)

 

ちなみに、浴衣の方は母に教えてもらい、毎日猛特訓をして、やっと自分で着れるようになりました。

まずは今年もまた夏に浴衣を着てみようと思います。

そうやって、少しずつ着物や浴衣を着る機会を増やしていこうと思っています。

 

みなさんもぜひ、今年の夏は浴衣を着てみてはいかがですか…(^ ^)

姿勢も良くなって、所作も普段以上に女性らしくなるし、これは女子力アップ間違いなしです♬

 

できれば男性の方にもぜひ、着ていただきたいです(^ ^)

 

私の次の目標は、「 着物の着付けができるようになる‼︎ 」…です。

 

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画像 フリー素材より

  

私は人生を選択する時、いつも少し険しくて、ワクワクする道の方を選ぶようにしています。

 

困難な道が好きなようです(笑)

 

困難だから、楽しいのかもしれません。

 

そしてその道で得たものは、決してお金では買えない自分自身の「財産」になっています。

 

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いとこのお兄ちゃん

私には少し年の離れた従兄弟のお兄ちゃんがいます。

 

お兄ちゃんは頭の病気で倒れてから、奇跡的に一命は取り留めましたが、その後の後遺症がひどく、痛みに苦しみながら日々を過ごしていました。

病気になってから、いろんなことがあったようで、時には心無い言葉をかけられたり、悲しい思い、悔しい思いをたくさんしたそうです。

 

そして、その頃からお兄ちゃんの心はだんだんと壊れていきました。

 

心が壊れてしまったお兄ちゃんは、家族の元も離れ、祖母の家の近くの長屋でひとり、ひっそり暮らしていました。

後遺症もひどく、毎日頭を石で叩かれているようにひどい頭痛だと言っていました。

それでも家族からは離れ、たったひとりで暮らしていました。

 

その頃の私は、母と頻繁に祖母の家に行っていたので、その時にお兄ちゃんを呼んでは、母が作った料理を四人で一緒に食べることが楽しみでした。

お兄ちゃんが買い物に行きたいといえば、一緒に散歩しながら近くのコンビニに行ったり。

お兄ちゃんは病気の後遺症で杖がないと歩けません。しかも視力もかなり落ちていて、片耳も全く聞こえません。

なので声がすごく大きいのです。

お店に入るとものすごく大きな声で話すのでみんなに注目されます(笑)

それでも私はお兄ちゃんとの時間が楽しくて、何を囁かれても全然平気でした。

 

お兄ちゃんは心が壊れてしまっていたので、おかしな行動も多く、時に人を威嚇することもありました。

とても大柄な人で杖も持っていたので、お兄ちゃんが暴れ出すとみんなすごく怖かったと思います。

そんな時は、うちの母がお兄ちゃんを厳しく叱ります。

叱られたお兄ちゃんは不思議と母には向かってくることもなく、自分の家に戻り、おとなしく過ごしていました。

母の怒りが早く冷めたらいいなぁ…と心配していると…。

「ご飯を食べるからお兄ちゃんを呼んできなさい」と。

よかった〜と思いながら、お兄ちゃんを呼びに行くと、お兄ちゃんも嬉しそうに「はいはい」と。

お兄ちゃんはよく言っていました。

「信じられるのは、おばちゃん(私の母)とおばあちゃんと〇〇ちゃん(私)だけ」だと。

その中にお兄ちゃんの家族は入っていません……とても寂しいことです。

辛い出来事の積み重ねでお兄ちゃんは誰のことも信じられなくなっていたようです。

 

お兄ちゃんの心の状態はとても深刻で、精神病院に度々入院しました。

入院を嫌がってはロビーで大暴れしてしまいます。

身体がとても大きいため、暴れ出すと、手がつけられません。

そんなことはよくありました。

 

私が母と叔母さん(お兄ちゃんの母親)と病院にお見舞いに行った時のことです。

いつものように大きな声で迎えてくれます(笑)

お兄ちゃんが何かを取りに病室に戻るというので、私はついて行きました。

まず、ナースステーションを抜けて病室の方に向かうのですが、全ての出入り口で鍵をかけられます。

病室に向かう廊下ではたくさんの患者さんに出会いました。

お兄ちゃんは自分も患者なのに、私に「ここにいる患者には気をつけて」と真剣に話します(笑)

病室に入ったら、窓には全て鉄格子がしてありました。全てがとても厳重に…。

とても悲しくなりました。

 

それからしばらくして、お兄ちゃんの大好きな祖母が亡くなりました。

 

祖母が亡くなって少し経ったある夜のことです。

お兄ちゃんから一本の電話がありました。

「〇〇ちゃん(私)、仕事終わった?元気にしてる?変わりない?」

「私は変わらず元気よ〜。お兄ちゃん、今度また必ず病院に会いに行くからそれまで待っててね。」

「元気ならよかったぁ…。それならいい。安心した。会えるの楽しみに待ってるね〜。」

 

それから3日後にお兄ちゃんは亡くなりました。

 

あれはお別れの電話だったのかなぁ…と思います。

 きっと、祖母がお兄ちゃんを迎えに来たのだろう…と思いました。

「もう苦しまなくてもいいよ…」と。

あれからもうだいぶ経ちますが、いまだに色濃く思い出します。

家族のように一緒に過ごしたあの頃のことを。

 

お兄ちゃん、そこでは楽しく暮らしてる…⁇

すごく会いたいよ…。

 

最後に…

いろんな辛い出来事の積み重ねから人の心が壊れてしまうのは一瞬です。

でも残念ながら一度壊れてしまった心はなかなか元には戻りません。

母は度々、お兄ちゃんを叱っていましたが、お兄ちゃんには母の愛情がちゃんと伝わっていました。

諦めずに真心を尽くして愛情を送り続けたらいつか必ず想いは届きます。

私は、母やお兄ちゃんからそれを学びました。

私の中では今も昔も、何も変わっていません。

いつでも穏やかで優しいお兄ちゃんのままです(^ ^)

 

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